大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(う)629号 判決 1991年9月25日

本籍

東京都渋谷区代々木四丁目一四番地

住居

同都同区代官山一七番六号

霊園業

二宮啓

昭和二三年八月二一日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、昭和六三年三月二三日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官平本喜禄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人濱口臣邦名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平本喜禄名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は刑の執行を猶予しなかつた点で重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、本件は、被告人が納税義務者本人ら及び小島葵、庄司孝英、世俵利美、新開一史、金義信、井山健一、中村晃三らと共謀の上、いずれも架空の債務を計上して、井山一夫らの相続税を免れようと企て、昭和五九年四月から同六〇年六月までの間、四回にわたり、税理士世俵利美らの作成した内容虚偽の各相続税申告書があたかも真正に作成されたかの如く装い、これらの各書面をそれぞれ所轄税務署長に提出して、そのまま納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、井山一夫ら九名の相続税合計一三億二五七二万一五〇〇円を免れたという大規模な脱税請負事犯であつて、その逋脱額が巨額であるのみならず、それぞれの逋脱率も約六九ないし約八八パーセントに及ぶなど、いずれもかなり高率であること、しかも、その中には一度正規の申告手続を終了したものにつき、その申告書を取り戻した上、虚偽の申告書を作成して提出したものも含まれていること、本件当時、宝石商を営んでいた被告人は、顧客であつた庄司に小島らが脱税を請け負い多額の報酬を得ていることを知らされた上、多額の納税者がいたら紹介して欲しい旨依頼されるや、その仲間に加わり、自らも多額の報酬を取得しようと考え、顧客に話し掛けるなどして納税に困つている者を探し出し、その納税者らを右小島らに紹介する一方、所得秘匿工作にも積極的に加担するなど、その重要な役割を担当したばかりでなく、その報酬として、合計四五〇〇万円を取得していること、しかも、被告人は、小島や庄司らが原判示第一、第二の各一、二の事実で逮捕されるや、小島らから指示されたとはいえ、自己にも捜査の手が回ることをおそれて、一時その所在をくらますなど、本件は極めて計画的かつ悪質な犯行であつて、その動機にも何ら酌むべきものが認められないこと、被告人には、窃盗、賍物故買の各罪により二回懲役刑(そのうち一回は実刑、一回は執行猶予付罰金併科)に処せられていること、以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は重いといわなければならない。

してみると、被告人は、本件について深く反省していることは勿論、原審当時、納税者ら全員と示談を結び、自己の取得した報酬以上の金額(七五〇〇万円。但し一五〇〇万円については代物弁済をしたものである。)を返還したため、その納税者らから被告人を寛大に処せられたい旨を記載した上申書が提出されていること、共犯者らとの刑の権衡、その他被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑は、その宣告当時においては誠にやむを得ないものであつて、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決後、本件の刑責について、その重大さを痛感すると共に、原判決を厳しく受け止め、より一層反省の度を深めたほか、死後眼球を提供すべく、その仲介機関であるアイバンクにその旨の登録をし、更に、現在高尾山薬王院が奉讃事業の一環として計画中の霊園事業に取り組み、その実現に鋭意努力していること、その他被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌し、かつ、原判決当時から存した情状をも併せ考慮して、本件の量刑について再考してみると、本件は刑の執行を猶予すべき事案とまでは認められないが、原判決の量刑は刑期の点で重過ぎるので、これをそのまま維持することは明らかに正義に反するものといわざるを得ない。

よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に共犯及び併合罪の処理の点をも含めて原判決と同一の法令を適用し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、刑法二一条に従い原審における未決勾留日数中五〇日を右の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

○ 控訴趣意書

被告人 二宮啓

右の者に対する相続税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和六三年七月一一日

弁護人 濱口臣邦

東京高等裁判所 御中

原判決は刑の執行を猶予しなかった点においては刑の量定が不当である。

一 原判決は本件が小島葵の主導によるものであり、被告人の立場は相対的には従属的なものであること、被告人は納税義務者側から支払われた謝礼のうち、被告人において受け取った額をすでに返すなどしていること、被告人が反省の態度を示していること等の事情を認めた上被告人に対し懲役一年の刑を言渡したものであり、その量刑は、一応それなりに評価できるが、刑の執行を猶予しなかった点においてなお刑の量刑を誤ったものと考えられる。以下その理由を述べる。

二 原判決は被告人の関与した脱税事件は合計四件、逋脱額にして一三億二五七二万円余りにのぼり、逋脱率は最高約八八パーセント、平均約六九パーセントであって非常に規模の大きい脱税事犯といわねばならないとしている。そのことは、まことにそのとおりであるが、被告人二宮(以下二宮という)に対する関係において右のことをストレートに量刑の上に反映させることは正当なことではない。

本件脱税工作の本件的部分は小島や、その面の補助者である世俵らが中心となって行なったものであり、二宮はこれには全く関与していないと云ってよい。従って又逋脱額をいくらにするか、逋脱率をいくらにするか等の意思決定については二宮は主体的に関与し得る立場になかったし、又実際にも関与していないのである。

三 原判決は、二宮は共犯者庄司から脱税請負グループの存在を紹介され、「客」である納税義務者を捜し見つかると小島らへの橋渡しをし、脱税工作においてその準備等に関与したものであって、積極的に加担したものということができるとしているが、納税義務者を捜すといっても、二宮は自分の知っているある範囲の人達には、相続税の問題で困っている人があれば紹介してくれるようにと声をかけることはしているものの決して大がかりな情報網ははりめぐらしているというような底のものではない。日頃仕事の関係等で接している人達に時に応じて声をかけていたという程度にすぎないのである。又脱税工作においてその準備などに関与したという点についてもすべて小島に指示されて行なった補助的な作業ないしは、雑務的作業であって、二宮が主体的な立場でした行為はほとんどないといってよいのである。従って「積極的な加担」と云ってもその積極性の程度は弱いと云うことができましたし、又、二宮がそのような加担をするについては弁論要旨第四項で述べているような二宮に有利に汲むべき事情が存したのである。

いずれにせよ本件における二宮の基本的な立場ないし、役割が納税者の「紹介」につきるものであり、それ以上に出るものでない。

四 原判決は、本件は小島の主導によるものであり被告人の立場は相対的には従属的なものであることを認めているが、二宮の立場の「従属性」について原判決の認識は今なお不十分なものであったと考えられる。本件における二宮の立場は小島との関係において、相対的に従属的なものであったばかりでなく絶対的な意味合いにおいても従属的なものであったと認められるべきものである。二宮は脱税工作の企画・立案・必要な文書・書面の作成、税務当局との相談ないし折衝、相続税の申告手続等の脱税工作の本件的部分について自らかかわったことは全くないと云っても過言ではないのであり、二宮は、これらの点について何らの知識も能力も有せず、これをしようとしても自分では全くすることができないのである。

五 原判決は、被告人が納税義務者から支払われた謝礼のうち受け取った額は約四五〇〇〇万円であったとしたうえ、被告人がこれをすでに返すなどしたうえ、被告人に有利な情状としてあげているが、この謝礼金の返還問題はもっと大きく評価されるべきものであると考える。

一般に脱税請負事件について、脱税請負人側で手にした利得を納税義務者側に返還させることは、脱税請負人側に不当な利息を吐き出させ、その保持を許さない意味から(このことによって同種事犯の続発の防止が期待できる)も、謝礼金の支払いにおいて被害者的立場に立つ(常にそう云い得るものでないが)納税義務者側の救済を図る意味からも又利得した者の反省の気持を高め又、これを確認する上からも極めて重要な情状事実であると考えられるが、本件の場合二宮は自らの利得したほとんどすべてのものを自ら進んで納税者側に返還しているのであってこのことは大いに評価すべきものである。

なお、本件に直接関係する金額は原判決の云うとおりであるが、間接的に関係するものも含めれば総額して八五〇〇万円・相当の支払いであり、現金だけでも七〇〇〇万円の支払いをしたのであって(後記のごとくその支払いについてはいろいろな困難や苦労が伴っている)、そこに示される二宮の誠意は十分に評価されるべきものである。

六 原判決は、小島が東京国税局その他において示した力、勢威というものについて、又、本件に見られる徴税当局の態度や責任について全く触れるところがないが、これらの点(弁論要旨第四項・第九項に詳細に述べてあるとおり)を抜きにしては本件の特異性を把握することができず従って又二宮に対する正当な量刑をなしがたいと云わなければならない。この点の判断を怠ったことも原判決の量刑を誤らしめた一因であったと考えられる。

右の点を明らかにすることによって二宮の本件関与についての違法性の意識の弱さをよく理解することができるし、又国税局その他徴税側の在り方や責任をも総合判断の一要素とした正当な刑の量定が期待し得ることとなると信じる。

七 以上二宮の本件における役割の従属性、二宮が本件犯行に加わるに到った経緯ないしは動機の中に示される二宮のために斟酌すべき事情、二宮の心からの反省、三ヵ月にも及ぶ勾留によって事実上十分に罰せられていると考えられる事情、母や妻その他の家庭の事情や家庭環境、二宮の本来的な人間性、現在の真面目な社会人としてのあり方、二宮に再犯のおそれの全くないこと、そして受け取った謝礼金についての誠意ある全額返還等の事情その他、弁論要旨に述べてあるような二宮に有利な事情を総合すると刑の執行を猶予することこそ正当な量刑であると信じる。

原判決は脱税請負人側の人間にもいろいろ立場のものがあること従ってその間の刑のバランスが慎重に考えられるべきことを看過しているきらいがある。

八 次に一審判決後の情状に関する事情について簡単に触れておきたい。

(一) 総額七〇〇〇万円にのぼる現金での謝礼の返還は、二宮が新幹線新神戸駅の近くに(山側)、所有している土地を売却してその売却代金を入手することを前提としてこの土地を担保に多額の借受金債務を負担することによってようやくにして実現したものであるが、右の土地については開発許可を得ることが売却の前提条件となるところ、現在そのための事前審査について神戸市と協議中であり、今後とも付近住民に対する近隣対策が不可欠の状態にある。この近隣対策のために二宮が今後なすべきことが、山積しており、今にして二宮に対し実刑判決が確定すると右の土地売却そのものが当面立ち消えとなり、前記借受金の貸主に迷惑をかけるとともに前記土地については右の借受金の外その取得のため費用として発生した借受金があるので、これも返消し得ず関係者に迷惑をかけるのみならず、金利の重圧のために二宮一家が経済的に立ち行かなくなり家族の生活が脅かされることとなる。右の土地の売却実現のためにも二宮に対する刑の執行猶予が強く望まれる。

(二) 二宮の母は、今まではっきり申し上げなかったが、実は肝臓ガンであるところ、一審判決後病状は更に悪化しもはや歩くこともできない状態で、もはや先は短いが、その中で現在精神的にも経済的にもひたすら二宮に依存して生きている。この母のためにも刑の執行猶予が望まれる。とくに二宮は、この母にとって最愛の息子であり、心のよりどころである。実刑判決が確定して収監ということになれば、どんなに悲しむか想像に難くない。二宮が母を最後まで世話できるよう御配慮願いたい。

なお、二宮の母は目も極度に悪い。そのことを感じた二宮は日本赤十字社に対し自分の死後自分の目を提供する旨の登録を受けようとしていることを付言しておく。

(三) 二宮の母方のおじである深作元精華女子大学学長と親しい衆議院議員竹内勝彦氏が二宮の人間性や現在の生き方を高く評価して、今後二宮の処世のあり方について後見監督の労をおとりいただくということである(その旨の上申書提出や情状証人としての出廷もいとわないと云っていただいている)のでこのことも二宮に有利な情状として言及しておきたい。

以上のとおりであり、原判決は量刑不当により破棄されるべきものであります。

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